キャロル・リード監督による『第三の男』は、戦後の混乱が残るウィーンを舞台に、人間関係の複雑さと道徳的ジレンマを巧みに描き出したフィルム・ノワールの傑作です。主演はオーソン・ウェルズ、製作はアレクサンダー・コルダとデヴィッド・O・セルズニック。白黒映像による美しい映像美と印象的な音楽が、時代を超えて高い評価を受け続けています。
ストーリーの概要
主人公ホリー・マーチンスは、アメリカで活躍する三文小説家。旧友ハリー・ライムからの突然の招待を受け、荒廃した戦後のウィーンを訪れます。しかし、到着直後に彼の死を知らされ、違和感を抱きながらも葬儀に参列します。ハリーの死には不可解な点が多く、現場にいたとされる「第三の男」の存在が浮かび上がります。
ホリーは事件の真相を探るうちに、友人ハリーが裏社会で暗躍していた事実と、彼の恋人アンナ・シュミットの悲しみ、そして自身の信念との葛藤に直面します。やがて明らかになるハリーの正体と、彼に対するホリーの選択は、観る者に深い余韻を残します。
制作陣とキャスト紹介
- 監督:キャロル・リード
- 製作:アレクサンダー・コルダ、デヴィッド・O・セルズニック
- 脚本:グレアム・グリーン(原作小説も執筆)
- 撮影:ロバート・クラスカー(アカデミー賞受賞)
- 音楽:アントン・カラス(ツィター演奏によるテーマ曲)
出演者:
- ジョセフ・コットン(ホリー・マーチンス)
- オーソン・ウェルズ(ハリー・ライム)
- アリダ・ヴァリ(アンナ・シュミット)
- トレヴァー・ハワード(キャロウェイ少佐)
- バーナード・リー(警察官パイン)
映像と音楽の美学
本作の大きな魅力のひとつは、映画全体に漂う独特な映像表現です。斜めに傾いたカメラアングル(ダッチアングル)や強いコントラストのモノクロ映像により、戦後の不安定な空気感と人物の心理が視覚的に浮かび上がります。
印象的なロケーションも特筆すべき点です。観覧車や下水道、石畳の夜の街など、陰影のある舞台はサスペンスをより引き立て、映画の世界観を強く印象づけます。
アントン・カラスが奏でるツィターの旋律は、サスペンス映画としては異例の軽快さで、強烈な印象を残しました。この楽曲は当時世界的なヒットを記録し、映画音楽の代表例として現在も語り継がれています。
撮影の舞台裏と逸話
『第三の男』の多くのシーンは、実際のウィーン市内で撮影されました。戦後の荒廃した街並みを背景に、リアリズムに富んだ映像が撮られています。特に有名な下水道の追跡シーンは、映画の緊張感を極限まで高める場面として知られています。
ただし、主演のオーソン・ウェルズは実際の下水道での撮影を嫌い、ロンドンのスタジオに再現されたセットで撮影されたという逸話があります。照明と編集によって実際のロケ映像と巧みに組み合わされ、違和感なく仕上がっています。
また、ウェルズが光の中に登場する名シーンでは、ネコが彼の靴にじゃれつく演出が加わり、緊張感と不気味さが増す名演出として映画史に刻まれました。
世界的な評価と受賞歴
『第三の男』はカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞し、アカデミー賞では撮影賞を獲得しました。また、英国アカデミー賞など複数の映画賞を受賞し、国際的な評価を確立しました。
英国映画協会が選ぶ「英国映画ベスト100」でも長年にわたり上位を維持しており、その芸術性と娯楽性が両立した構成は、今なお高く評価されています。批評家からは「何度観ても発見のある映画」として称賛され、再評価が絶えない名作として語り継がれています。
関係者の代表作
● キャロル・リード監督
- 『落ちた偶像』(1948年)
- 『オリバー!』(1968年)
- 『夜の門をくぐりぬけ』(1951年)
● オーソン・ウェルズ出演
- 『市民ケーン』(1941年)
- 『黒い罠』(1958年)
- 『フェイク』(1973年)
● アレクサンダー・コルダ製作
- 『バグダッドの盗賊』(1940年)
- 『ホフマン物語』(1951年)
- 『海賊ブラッド』(1935年)
● デヴィッド・O・セルズニック製作
- 『風と共に去りぬ』(1939年)
- 『白昼の決闘』(1946年)
- 『レベッカ』(1940年)
まとめに代えて
『第三の男』は、戦後の不穏な時代背景を反映しつつ、人間の心の奥底にある善悪や裏切り、友情の意味を問いかける作品です。その映像、音楽、ストーリー構成すべてが精緻に作られ、今もなお多くの観客を惹きつけています。
この作品は、映画を愛するすべての人にとっての必見作です。初めて観る方にも、久しぶりに観直す方にも、新たな発見と感動をもたらしてくれるに違いありません。
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