クリストファー・ノーラン監督の映画『オデュッセイア』は、古代ギリシャの詩人ホメロスによる叙事詩『オデュッセイア』を原作とした神話的アクション大作です。
主人公は、トロイア戦争を生き延びたイタケー島の王オデュッセウスです。戦争が終わり、妻と息子が待つ故郷へ帰ろうとしますが、神々の怒りや怪物、嵐、誘惑によって長い漂流を強いられます。
ギリシャ神話を詳しく知らなくても楽しめる作品ですが、トロイア戦争の背景や登場する神々、オデュッセウスの人物像を知っておくと、物語の面白さや人物の選択がより理解しやすくなります。
この記事では、映画『オデュッセイア』を観る前に知っておきたい基礎知識を、原作のあらすじや出演俳優、作品の特徴とともに紹介します。
映画オデュッセイアの基本情報
映画『オデュッセイア』は、『ダークナイト』『インセプション』『インターステラー』『オッペンハイマー』などで知られるクリストファー・ノーランが監督と脚本を務める作品です。
原作は、紀元前8世紀ごろに成立したと考えられているホメロスの叙事詩『オデュッセイア』です。西洋文学における冒険物語の原点とも呼ばれ、後世の小説、映画、ゲームなどに大きな影響を与えてきました。
映画はユニバーサル・ピクチャーズとノーラン夫妻の制作会社シンコピーによって制作されています。主人公オデュッセウスを演じるのはマット・デイモンです。
全編がIMAXフィルムカメラで撮影された初の長編映画とされており、壮大な海、戦争、神話上の怪物を大画面で体験できる映像作品としても注目されています。
映画オデュッセイアのあらすじ
物語の主人公オデュッセウスは、ギリシャ西部にあるイタケー島の王です。彼はギリシャ軍の一員としてトロイア戦争に参加し、長く続いた戦争を終結へ導きます。
戦争が終わった後、オデュッセウスは仲間たちと船に乗り、妻ペネロペと息子テレマコスが待つイタケー島を目指します。本来であれば比較的短い航海で帰れる距離でしたが、海神ポセイドンの怒りを買ったことで、旅は10年にも及ぶ過酷な漂流となります。
旅の途中では、一つ目の巨人キュクロプス、美しい歌で船乗りを惑わせるセイレーン、魔女キルケ、海の怪物スキュラ、巨大な渦潮カリュブディスなどがオデュッセウスの前に立ちはだかります。
一方のイタケー島では、オデュッセウスが死んだと考える男たちが、妻ペネロペとの結婚と王位を狙っています。成長した息子テレマコスも、行方不明となった父親の消息を探し始めます。
神々と怪物が登場する冒険物語でありながら、その中心にあるのは、戦争から帰還しようとする男と彼を待ち続ける家族の物語です。
原作となったホメロスのオデュッセイアとは
『オデュッセイア』は、古代ギリシャの詩人ホメロスの作品と伝えられている長編叙事詩です。
題名は主人公オデュッセウスの名前に由来します。英語ではオデュッセウスをオデッセウス、『オデュッセイア』を『オデッセイ』と呼ぶことがあります。
現代でも、長い旅や波乱に満ちた冒険を意味する言葉としてオデッセイが使われています。
原作は全24歌で構成されていますが、出来事が発生した順番どおりには進みません。物語はオデュッセウスが故郷を離れて長い年月が過ぎたところから始まり、過去の冒険が本人の回想として語られます。
時間を前後させながら物語を組み立てる構成は、クリストファー・ノーラン監督の作風とも相性がよい部分です。映画でも原作の複雑な時間構成がどのように映像化されるのかが注目されています。
トロイア戦争とは何だったのか
トロイア戦争は、ギリシャ神話に登場するギリシャ連合軍と都市国家トロイアとの戦争です。物語では約10年間続いたとされています。
戦争のきっかけは、トロイアの王子パリスが、スパルタ王メネラオスの妻ヘレネをトロイアへ連れて行ったことでした。メネラオスの兄アガメムノンはギリシャ各地の王や英雄を集め、ヘレネを取り戻すためにトロイアへ向かいます。
ギリシャ軍にはアキレウス、オデュッセウス、アイアスなどの英雄が参加しました。対するトロイア側には、王子ヘクトルやパリスがいました。
ホメロスのもう一つの叙事詩『イリアス』は、この戦争の終盤に起きたアキレウスの怒りを中心に描いています。ただし、『イリアス』の物語だけではトロイア陥落まで描かれません。
『オデュッセイア』は戦争そのものよりも、戦争が終わった後のオデュッセウスの帰還を描いた物語です。そのため、映画を観る前には、長い戦争が終結した直後から物語が始まると覚えておくと理解しやすくなります。
トロイの木馬とオデュッセウスの関係
トロイア戦争を終結させるきっかけとなったのが、有名なトロイの木馬です。
強固な城壁に守られたトロイアを正面から攻略できなかったギリシャ軍は、巨大な木馬を残して撤退したように見せかけます。トロイア側は木馬を戦利品として城内へ運び込みますが、その内部にはギリシャ兵が隠れていました。
夜になると兵士たちが木馬から出て城門を開き、戻ってきたギリシャ軍を城内へ侵入させます。こうしてトロイアは陥落しました。
この作戦を考案した人物として語られるのがオデュッセウスです。彼は圧倒的な力で敵を倒す戦士ではなく、知恵、演技、話術を使って危機を乗り越える英雄です。
ただし、トロイの木馬について詳しく描かれているのは『オデュッセイア』だけではありません。後世の叙事詩や伝承によって広く知られるようになった物語です。
映画ではトロイの木馬が映像化されることが示されており、ノーラン監督が戦争の勝利とその代償をどのように描くのかも見どころです。
主人公オデュッセウスはどのような英雄なのか
オデュッセウスは、怪力よりも知恵を武器にする英雄です。
キュクロプスに捕らえられた際には、自分の名前を誰でもない者と名乗ります。その後、巨人の目をつぶして脱出すると、助けを求められたほかの巨人たちは、誰にも襲われていないと勘違いします。
このように、オデュッセウスは頭の回転が速く、状況に応じて大胆な嘘も使います。現代的な意味での完全無欠な正義のヒーローではありません。
勝利を誇って相手を挑発し、事態を悪化させることもあります。部下を危険にさらす決断を下し、誘惑に迷う場面もあります。
優れた王でありながら、誇り高さと危うさを併せ持つ人物であることが、オデュッセウスの大きな魅力です。
知っておきたいギリシャ神話の神々
『オデュッセイア』の世界では、神々が人間の運命に直接関わります。
ゼウスは神々の頂点に立つ存在で、人間と神々の秩序を守ります。すべてを自由に決めるというより、ほかの神々の対立を調整する立場として描かれます。
アテナは知恵と戦略を司る女神です。知略に優れたオデュッセウスを気に入り、彼と息子テレマコスを助けます。
ポセイドンは海と地震を司る神です。オデュッセウスが息子であるキュクロプスのポリュペモスを傷つけたことから怒り、故郷への航海を妨害します。
ヘルメスは神々の伝令役です。オデュッセウスを助けるために現れ、魔法への対抗手段を教えるなど重要な役割を果たします。
神々の対立は、単純な善と悪の争いではありません。人間が神々への敬意や礼儀を失ったとき、その行為への報いとして災難が起きる世界です。
旅の途中で出会う怪物や女性たち
オデュッセウスの航海には、ギリシャ神話を代表する怪物や不思議な存在が登場します。
キュクロプスのポリュペモスは、額に一つの目を持つ巨人です。オデュッセウス一行を洞窟に閉じ込め、仲間を食べてしまいます。
セイレーンは、美しい歌声で船乗りを惑わせ、船を難破させる存在です。オデュッセウスは仲間の耳を蜜ろうでふさぎ、自分の体を船の帆柱に縛らせて歌を聞きます。
スキュラは複数の頭を持つ海の怪物で、カリュブディスは船をのみ込む巨大な渦潮です。二つの脅威の間を通らなければならない状況は、どちらを選んでも犠牲が避けられない選択を表しています。
キルケは、オデュッセウスの仲間を豚に変える魔女です。カリュプソは彼を島に引き留め、不死の生活を与えようとする精霊です。
これらの存在は単なる敵ではなく、恐怖、欲望、忘却、権力など、人間が旅の途中で直面する誘惑や試練を象徴しています。
ペネロペとテレマコスの物語も重要
『オデュッセイア』はオデュッセウスの冒険だけを描いた物語ではありません。故郷で待つ妻ペネロペと息子テレマコスも重要な主人公です。
ペネロペの周囲には、オデュッセウスが死亡したと考える大勢の求婚者が集まります。彼らは王宮に居座り、食料や財産を浪費しながら、ペネロペに再婚を迫ります。
ペネロペは、織物が完成したら結婚相手を決めると約束します。しかし、昼間に織った布を夜になるとほどき、完成を先延ばしにします。
息子テレマコスは、父親が不在のまま成長した青年です。物語の序盤では自信を持てずにいますが、アテナに導かれて父の消息を探す旅へ出ます。
オデュッセウスの帰還、ペネロペの忍耐、テレマコスの成長という三つの物語が重なり、家族の再生へつながっていきます。
出演俳優と主な登場人物
主人公オデュッセウスを演じるのはマット・デイモンです。ノーラン監督とは『インターステラー』『オッペンハイマー』に続く組み合わせとなります。
オデュッセウスの息子テレマコス役は、『スパイダーマン』シリーズで知られるトム・ホランドです。
妻ペネロペ役はアン・ハサウェイです。ノーラン作品では『ダークナイト ライジング』『インターステラー』にも出演しています。
このほか、ロバート・パティンソン、ルピタ・ニョンゴ、ゼンデイヤ、シャーリーズ・セロン、ジョン・バーンサル、ベニー・サフディ、ジョン・レグイザモ、ミア・ゴス、エリオット・ペイジなどが出演します。
公開されている情報では、ゼンデイヤが女神アテナ、シャーリーズ・セロンがカリュプソ、ロバート・パティンソンがペネロペに結婚を迫る求婚者アンティノオスを演じます。
大勢の登場人物がいるため、オデュッセウスの家族、旅に同行する仲間、故郷を荒らす求婚者、旅を左右する神々という四つのグループに分けて見ると整理しやすくなります。
クリストファー・ノーラン監督ならではの特徴
クリストファー・ノーランは、壮大な映像と複雑な物語構成を組み合わせることで知られる映画監督です。
『メメント』では記憶、『インセプション』では夢、『インターステラー』では宇宙と時間、『オッペンハイマー』では科学者の功績と責任を描いてきました。
『オデュッセイア』にも、時間、記憶、罪、家族、帰るべき場所といったノーラン作品に通じる題材があります。原作そのものが現在と過去を行き来する構成であるため、ノーラン監督による映像化との相性にも期待が高まります。
本作では新たなIMAXフィルム技術が使用され、世界各地で大規模なロケ撮影が行われました。海上の航海や古代の戦場を、可能な限り実際の場所と物理的なセットで表現することも大きな特徴です。
神話的な怪物や神々を、現実感を重視するノーラン監督がどのように描くのかも注目したいポイントです。
映画制作にまつわる逸話
ノーラン監督は以前、トロイア戦争を題材にした映画『トロイ』の監督候補になっていたと伝えられています。その企画は最終的にウォルフガング・ペーターゼンが監督し、ノーランは後に『バットマン ビギンズ』を手がけました。
それから約20年を経て、トロイア戦争の英雄オデュッセウスを描く作品を監督することになった点は、興味深い巡り合わせです。
撮影では、より小型で静かな新しいIMAXフィルムカメラが開発されました。従来のIMAXカメラは大きな撮影音が課題でしたが、改良によって俳優の近くでも撮影しやすくなったとされています。
また、マット・デイモンはオデュッセウス役のために体を絞り、長期間ひげを伸ばして撮影に臨みました。作り物のひげではなく、実際のひげが持つ質感を映像に残したいという監督の意向があったとされています。
全世界で撮影された神話的なスケールと、俳優の肉体や表情を重視する現実的な演出が組み合わされている点が、本作ならではの魅力です。
映画を観る前に覚えておきたいポイント
第一に、『オデュッセイア』はトロイア戦争後の物語です。戦争に勝利した英雄が、故郷へ帰るまでの苦難を描いています。
第二に、オデュッセウスは力だけでなく知恵や嘘を使う英雄です。その賢さが危機を救う一方で、彼の傲慢さが新たな災難を招きます。
第三に、アテナはオデュッセウスを助け、ポセイドンは彼の帰還を妨げます。神々の関係を知っていると、航海中に起きる出来事の意味が理解しやすくなります。
第四に、故郷で待つペネロペとテレマコスの物語も重要です。海の冒険だけでなく、離れ離れになった家族が再びつながる物語として見ると、感情的な奥行きが増します。
第五に、トロイの木馬、キュクロプス、セイレーンなど、現代でも知られている神話の原型が数多く登場します。どの場面が現代の物語や言葉につながっているのかを探すのも楽しみ方の一つです。
代表作
クリストファー・ノーラン監督の代表作には、記憶を失う主人公を独特の時間構成で描いた『メメント』があります。
『ダークナイト』では、バットマンとジョーカーの対立を通じて正義と混乱を描き、アメリカンコミック映画の評価を大きく高めました。
『インセプション』は、人間の夢の中へ入り込むという設定を、階層化された世界と異なる時間の流れによって映像化した作品です。
『インターステラー』では、宇宙を舞台にしながら、時間を超えた親子の愛を描きました。
『ダンケルク』では、第二次世界大戦中の撤退作戦を陸、海、空の異なる時間軸から描いています。
『TENET テネット』は、時間を逆行する物質や人物を取り入れたスパイアクションです。
『オッペンハイマー』では、原子爆弾開発を主導した科学者の成功、葛藤、政治的な転落を複数の視点から描きました。
これらの作品に共通する時間、選択、罪と責任、家族への思いといった題材は、『オデュッセイア』を読み解くうえでも重要になると考えられます。
おわりに
映画『オデュッセイア』は、古代ギリシャ神話を題材にした壮大な冒険映画であると同時に、長い戦争を終えた一人の男が家族のもとへ帰ろうとする物語です。
トロイア戦争、トロイの木馬、オデュッセウスとポセイドンの因縁、彼を助けるアテナ、故郷で待つペネロペとテレマコスの関係を知っておけば、登場人物の行動や物語の背景を理解しやすくなります。
原作を最後まで読んでいなくても、オデュッセウスが知恵に優れる一方で傲慢さや弱さも持つ英雄だと覚えておくだけで、作品の見え方は大きく変わります。
約3000年前から語り継がれてきた冒険譚を、クリストファー・ノーラン監督が最新の映像技術でどのように再構築するのかに注目です。